山岸由佳『丈夫な紙』(素粒社)

『丈夫な紙』は、山岸由佳さんの第一句集。2022年12月、素粒社発行。

白色と茶色を基調とした装幀の色合いが、落ち着きがあって良い。

 

冬の鳥うどんほぐれてゆき無心

u音の韻律が楽しい。冷凍うどんを湯がいている景を思い浮かべた。菜箸でうどんを少しずつほぐしているのだろう。たしかに何も考えなくていい時間である。阿部完市の〈ローソクもつてみんなはなれてゆきむほん〉を意識している句かもしれない。

 

南口改札まばら虹既読

こちらはi音の韻律である。「既読」といったら、現代だとLINEの専門用語みたいになっているのがおかしい。この句の場合は、南口改札を抜けたら、空に出ている虹がぱっと目に映ったのだと思った。

 

うすばかげろふ空に時計の針余り

朝寝して明るい林ひらけをり

赤い羽根濡れないほどの雨の降る

春や鈴誰かの吸殻に混じる

冷蔵庫ひらいて鳩のゆめのなか

 

丈夫な紙

丈夫な紙

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山西雅子『沙鷗』(ふらんす堂)

『沙鷗』は、山西雅子さんの第二句集。2009年8月、ふらんす堂発行。

中田剛さんの栞文によると、句集名の「沙鷗」は、杜甫の五言律詩「旅夜書懐」の最終行「天地一沙鷗」から取られたとのこと。とても良い句集名である。

 

板の間に蝶の映れる極暑かな

障子を開いた和室の板の間に、外を飛んでいる蝶の姿が映っている。「極暑」の強い日差しと室内の薄暗さが感じられる。芥川龍之介の〈蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな〉を連想した。

 

藤の香のせり上がりくるなぞへかな

「なぞへ」とは斜面のこと。山中にいて、藤の香が強く漂ってきたのだろうか。「せり上がりくる」という強めの把握が、藤の香に全身が包み込まれるようで面白い。

 

石鹼玉まだ吹けぬ子も中にゐて

川底の木の葉ふたたび流れだす

封筒の中の冬日のただ遠く

宵山に買うて端切れの美しき

種芋へ神学校の午後の鐘

正木ゆう子『玉響』(春秋社)

『玉響』は、正木ゆう子さんの第六句集。2023年9月、春秋社発行。

「玉響」は「たまゆら」と読む。〈玉響は露。朝日に向かって見る露は透明だが、朝日を背にして見る露は反射光なので、虹のように色がある。〉と句集の冒頭に書かれている。

 

犇驫羴鱻淼灥森涅槃西風

「ほんひゅうせんせんびょうせんしんねはんにし」とルビが振ってある。同形反復の漢字がひしめいている様は、涅槃図でよく見る動物たちがお釈迦様の周りに寄り集まって涙している様子を想起させる。

 

千枚漬真円少しづつずらし

図形や立体といった幾何的なものの見方というのも、正木ゆう子さんの句の特徴かなと思う。漬物屋の店頭かは分からないけれど、「千枚漬」に対してもその幾何的なものの見方が発動しているのが可笑しい。

 

おほかたは蕾よ梅のうれしさは

くもの糸ひひらぎの葉を転めかし

美しいデータとさみしいデータに雪

馬の腹の如きの垂れて蚊帳の天

絶食のときも歯磨き十三夜

仲寒蟬『海市郵便』(邑書林)

『海市郵便』は、仲寒蟬さんの第一句集。2004年7月、邑書林発行。

柄澤齊氏による表紙のコラージュ画が良い。旧字体の句集である。

 

鯨の尾祈りのかたちして沈む

「祈りのかたち」に、指を組んだ人の手の姿を思い浮かべることもできるし、鯨の尾そのものが祈りを表す抽象的なモニュメントのようだとも解釈していいのかなと思った。確かに人が祈るときは、蹲りながら少し沈むこむような動きとなる。

 

炎天へ四十六億歳の雲

とんでもない時間のスケールに驚いた。四十六億年といえば地球の年齢である。生物が誕生と消滅を繰り返してきた地球の上に存在し続けた雲の姿が、タイムラプスのように思い浮かんでくる。

 

鷺草の飛び立つまではゐるつもり

海市からとしか思へぬ郵便物

短夜は短夜なりの獏がゐる

家康はどうにも好かぬ日向ぼこ

その昔繪本でありし櫻貝

 

 

飯田龍太『百戸の谿』

『百戸の谿』は、飯田龍太の第一句集。

角川書店の『飯田龍太全集』第一巻で読んだ。

「昭和二十八年」から始まり「昭和二十三年以前」まで遡る構成で、それぞれの年ごとに春・夏・秋・冬の句が並んでいる。

 

黒揚羽九月の樹間透きとほり

「昭和二十四年」の章の句である。日が差して明るい木と木の間を黒揚羽が羽ばたいている。黒揚羽の黒色に焦点が合うことで、その周囲の九月の空気の澄明さが一層のこと増している。

 

夏火鉢つめたくふれてゐたりけり

「昭和二十三年以前」の章に夏の句で掲載されているのは、この一句のみである。「北溟南海の二兄共に生死をしらず」と前書きがある。飯田家で昔から使用してきた夏火鉢なのだろうか。手のひらに伝わる陶の冷たさに不安な感情が重なっている。

 

椋鳥の千羽傾く春の嶺

亡きものはなし冬の星鎖をなせど

露草も露のちからの花ひらく

春の鳶寄りわかれては高みつつ

兄逝くや空の感情日日に冬

南十二国『日々未来』(ふらんす堂)

『日々未来』は、南十二国さんの第一句集。2023年9月、ふらんす堂発行。

『俳コレ』や『天の川銀河発電所』といった俳句のアンソロジーで作品を目にしたことはあったけれども、こうやって句集でまとめて読めるのは嬉しい。

 

どろどろと天冥くなる牡丹かな

「どろどろと」に驚いた。暗雲が垂れ込んできている空を大げさに表現していて不穏さがある。牡丹も風に吹かれてゆっくり大きく揺れているのだろう。

 

雲割れておほきなひかり浮寝鳥

薄明光線という自然現象なのだけど、「おほきなひかり」と書かれるとモーゼの奇跡的な神秘性がさらに増してくる。浮寝鳥によって水辺の景も浮かんでくるし、鳥たちの無関心な姿も愛らしい。

 

集まつてだんだん蟻の力濃し

てのひらのよろこんでゐる寒さかな

寒林は読まるるを待つ詩のごとし

水遊びする少年のG-SHOCK

臍に汗溜めて鍛ふる体かな

中岡毅雄『伴侶』(朔出版)

『伴侶』は、中岡毅雄さんの第五句集。2023年8月、朔出版発行。

穏やかな句調であるが、境涯を詠んだ句の多くは凄みがあった。

間村俊一さんによる装幀も素晴らしい。

 

ものの芽にもつとしづかなときを待つ

助詞の「に」が効果的に使われている。「ものの芽」にとっての静かな時間というのは、それを見つめている「私」にとっても望ましい静寂である。

 

月見草母を詠まねば何詠まむ

この句の後に母親の看病から亡くなるまでの一連の句が並んでいる。中七下五は直情的であるが、「月見草」という季語を取り合わせたことで、遙かなものに対する祈りを感じさせて切ない。

 

芹摘の空すきとほるところまで

くぐる時しんとにほへる茅の輪かな

妙高の雪のまぶしき櫻かな

一匙のメロンを口にしたるのみ

てのひらにすくへば落葉あたたかし