飯田龍太『百戸の谿』
『百戸の谿』は、飯田龍太の第一句集。
「昭和二十八年」から始まり「昭和二十三年以前」まで遡る構成で、それぞれの年ごとに春・夏・秋・冬の句が並んでいる。
黒揚羽九月の樹間透きとほり
「昭和二十四年」の章の句である。日が差して明るい木と木の間を黒揚羽が羽ばたいている。黒揚羽の黒色に焦点が合うことで、その周囲の九月の空気の澄明さが一層のこと増している。
夏火鉢つめたくふれてゐたりけり
「昭和二十三年以前」の章に夏の句で掲載されているのは、この一句のみである。「北溟南海の二兄共に生死をしらず」と前書きがある。飯田家で昔から使用してきた夏火鉢なのだろうか。手のひらに伝わる陶の冷たさに不安な感情が重なっている。
椋鳥の千羽傾く春の嶺
亡きものはなし冬の星鎖をなせど
露草も露のちからの花ひらく
春の鳶寄りわかれては高みつつ
兄逝くや空の感情日日に冬