堀本裕樹『一粟』(駿河台出版社)

誰にも見られていない気安さから『犬々記』をだいぶ放置してました。

2022年も半分が過ぎ、今月からはちゃんと書こうと思っております。

 

『一粟』は、堀本裕樹さんの第二句集。

句集のタイトルとなった句は〈蒼海の一粟の上や鳥渡る〉です。

堀本さんは現在、「蒼海俳句会」という結社の主宰をされています。

(実は自分も「蒼海俳句会」に所属しています。)

表紙カバーの装画には、駒井哲郎の《岩礁にて》という版画作品が使われていて、海の中に魚やクラゲ、ミジンコっぽい形が漂っているのが愛らしいです。

 

それでは、気になった句について少しずつ。

 

放射能浴びたる千の亀鳴くや

この句には「東日本大震災」との前書きがあります。「亀鳴く」という季語は、長閑な印象があるのですが、「千の亀」が一斉に鳴いているとすると、呻き声にも似た不吉なものを想像させます。

 

火蛾落ちて夜の濁音となりにけり

速水御舟の《炎舞》という絵を思い出しました。炎の周りの闇の深さ。ぼっと火が燃え移り、がさっと地に落ちる蛾の様子を「夜の濁音」と端的に表しています。

 

春コートかがやくものを追へば旅

「かがやくもの」という抽象的な書き方によって、読み手に想像が委ねられています。川や雲といった具体的な景かも知れないですし、もっと心象的なものを追いかけているのかも知れません。

 

紙魚のぼりつめて天金崖なせり

「天金」といえば、三橋敏雄の〈かもめ来よ天金の書をひらくたび〉という豪奢な句をいつも思い出します。それが「紙魚」の視点になると、「天金」の部分が切り立った「崖」として現れてくるという、小さな虫であるが故のスケール感が面白い句です。

 

まばたきも五衰の一つ桃の花

天人の「五衰」。こういう仏教用語をさらりと詠み込めるのは、憧れます。「まばたき」をする一瞬の間にも老いていき、やがて死に至る。「桃の花」の取り合わせも落ち着きがあります。この句集で一番好きな句です。

 

瑠璃蜥蜴紫電一閃盧遮那仏

漢字だけで作られた句は、経文もあるからか、仏教関連の句に佳句が多い印象があります。「瑠璃蜥蜴」が走り去って「盧遮那仏」の方へ至った景だと思うのですが、「紫電一閃」という一瞬の間に「瑠璃蜥蜴」が「盧遮那仏」に姿を変えたようにも思えてきます。

 

脚一つ浮く空蟬の傾ぎかな

幹から剝がされ地に置かれた「空蟬」の写生句ですが、傾いでいる姿に哀れさを感じます。「脚一つ浮く」という描写が丁寧です。この句集は巻末に季語索引が付いているのですが、確認すると虫や動物を詠んだ句が多いなという印象があります。ほかの虫や動物の写生句からも、それを見つめている人物の思いを強く感じました。

 

最近、角川ソフィア文庫から出た『川端茅舎全句集』を読んだこともあって、川端茅舎の句と『一粟』の句の共通点も気になっています。

 

自分が所属している結社の主宰ということもあって、色眼鏡はあるかと思うのですが、第一句集『熊野曼陀羅』から十年分の句の数々は読み応えがありました。