小川楓子『ことり』(港の人)

小川楓子さんの第一句集『ことり』を読みました。

 

先日『ことり』の読書会がありまして、パネリストの相子智恵さん、大塚凱さん、黒岩徳将さんの発表を聞いたのですが、内容が三者三様で、多様な読み方ができる豊かな句集なんだなと思いました。

 

せっかくなので読んで気になった句について少し書いておきます。

 

くちのなかほんのり塩気かも雷鳥

食べものと動物が一緒に詠まれている句が、この句集の中には結構あります。この句の場合は「塩気」という味覚なのですが、「雷鳥」が出てくる唐突さに驚きつつも、「雷」という字から連想される電気のピリッとした感じに「塩気」と通じるものがあるような気がしています。

 

眠たげなこゑに生まれて鱈スープ

「眠たげなこゑ」のふわふわした感じと、「鱈スープ」の鱈の白身がスープに浮いている淡い色合いが合っています。スープを啜っている人物の人生が、上五中七に凝縮されているようで忘れがたい一句です。

 

小鳥来る夜の番地のありにけり

575の定型のリズムを崩した破調の句が多いのも、この句集の特徴かなと思うのですが、こういった定型の、しかも下五が「ありにけり」という句があると、目を引かれます。田中裕明の有名句に〈小鳥來るここに静かな場所がある〉があるのですが、その返答かなと思いました。この句集で一番好きな句です。

 

水鳥の脚のゆつたり月末だな

先述した読書会のフリートークのテーマの一つに、この句集の中で「屋外で読みたい句」はどれか、というのがあったのですが、自分だったら、この「水鳥」の句を選びます。水辺でぼーっと鳥を眺めているのは楽しいのですが、人生の時の流れのこととかが、ふいに心に浮かんできて、切なくなったりします。そんなことを思い出させる句でした。

 

なかよしやバターに落とすバナナの輪

句集に「バナナ」の句が入っていると無性に嬉しくなります。フライパンに溶かした「バター」に輪切りにした「バナナ」を落としていく。じゅわっという音と、甘い匂いが読み手の脳内に広がります。上五の「なかよしや」の詠嘆から、相性抜群の「バター」と「バナナ」へと至る多幸感のある句です。

 

きのこ料理とりわけネクタイの季節

この句を初めて読んだとき、「とりわけ」を副詞の「特に」という意味で解釈して、「ネクタイの季節」が現れるのがトリッキーで面白い句だなと思っていたのですが、その後、俳句仲間とこの句について話していて、「とりわけ」が、料理を「取り分ける」という動詞でも解釈できると気付きました。それにしても「ネクタイの季節」というのが、奇妙で面白い句です。

 

切り落としかすてら芋虫角四つ

「切り落としかすてら」の「角(かど)」が「四つ」ということで、三角錐の形の「かすてら」を想像し、「かすてら」の描写の途中に「芋虫」が挟みこまれている妙な句だなと思い込んでいました。普通に考えたら「切り落としかすてら」と、「芋虫」の「角(つの)」が「四つ」である、ということの取り合わせの句なのですが、最初の思い込みの方も何だか面白いなと思えます。もしかしたら「かすてら」と「芋虫」の弾力は似ているかも知れません。